啄木の短歌「東海の小島の磯の白砂に…」についての話だが、酒を飲みながら啄木にこの詩を野口雨情が見せられた時は、こう詠まれていた。
「東海の小島の磯の　渚辺に　われ泣きぬれて　蟹と遊べり」
これを見た雨情は「石川さん、これで良がしょうが、渚辺は白砂に、それに、遊べりでは
子供っぽく聞こえるので、たはむるとしたほうが良いじゃあありませんか」とアドバイスしたことで、今に伝えられるあの啄木の名作が生まれたのである。
ついでにもうひとつ、雨情は生涯、手相に凝っていて、手相の本を出したほどで、
若い頃から研究していた。北海道時代、啄木も雨情に手相を見てもらっていたようで
「野口君　手相を見る。其言う所多く当たれり」と日記にも書いているが、
この観点から啄木の短歌を読んでみよう。
「はたらけど　はたらけど　猶わがくらし　楽にならざり　ぢっと手を見る」
手を見たのは、実は運勢を見ていたのであろう。

との記述があった。これを読んで私はビックリ。
「渚辺に」・「遊べり」では、詩の価値も雰囲気も全く違ってくる。
啄木は、繊細な文学性にはこだわらなかったのかもしれない。
詩的な文学性は野口雨情にはかなわない。
となると、啄木を代表するこの詩は、啄木の詩というより野口雨情との合作と
言ったほうがいいのかもしれない。

「東海の小島の磯の　白砂に　われ泣きぬれて　蟹とたわむる」

この詩は、昔から大好きな詩の一つである。特に、「東海の小島白砂に」がいい。
私は若い頃、啄木が東京で一時、身を寄せたという東京本郷の赤心館という木造
二階建てのアパートのような旅館を尋ねたことがあった。
その旅館の前にも「東海の小島の磯の…」の小さな碑が建っていた。
当時は、なぜ、旅館の前に碑があるのか深く考えなっかた。
でも、この詩はどこでつくられ、どんな風景を詠んだのか？すご〜く興味があった。
私なりに、波静かな磯を思い浮かべ、いつか、この詩が作られた場所へ行きたいと
思っていた。今回、大森浜海岸を訪れ、歌の雰囲気とは違う。さらにビックリ。

啄木について、函館の啄木公園にある「啄木浪漫館」発行の資料では
啄木は渋民村→函館（弥生尋常小学校代用教員）→札幌（北門新報）→小樽（小樽日報）→釧路（釧路新聞社）そして、明治40年四月文学活動に命を懸けて単身　東京へ向かう。
与謝野鉄幹夫妻の世話になり、千駄ヶ谷の新詩社に入社。
金田一京助と赤心館に同宿し創作活動をする。　とある、また、

啄木の歌稿ノート「ヒマナ時」によると６月24日「昨夜、枕についてから歌を作り始めたが、
興がのってついつい徹夜、午前11時頃までに１２４首余。そのうち百余余りを与謝野氏に
送った。25日…頭がすっかり歌になっている。何を見ても何を聞いても皆歌だ。
この夜の２時までに141首作った。父母のことを歌う歌約40首、泣きながら…」
「東海の小島の磯の　白砂に…」は24日午前の作。　とある

「東海の小島の磯の　白砂に…」の詩がこのような形で真夜中に作られたと思うと、また、
ショックである。
こうなると、小島ってどこの島かなあ…、白砂って大森浜海岸の砂は白かったのかなあ…、蟹ってどんな蟹かなあ…（まさか、毛がにじゃあないと思いますが）
そんなことも知りたい気がします。誰か教えてください。
蛇足だが、この詩と関連する詩　「蟹に」　潮満ちるくれば…　も好きな詩である。

また、「はたらけど　猶わがくらし　楽にならざり　ぢっと手を見る」　の歌で、
啄木がぢっと手相を見ていると思うと、この句の意味と啄木の姿勢が全く変わってしまう。
これまた、ショックである。

啄木は、妻や家族や親族（妹の夫　宮崎郁雨）に迷惑をかけ、夢を追い続け漂白の生活を送った。次々と職を変え多くの友人の世話になり自分勝手で我がままな生き方をした。
啄木については、さまざまな評価があるが、貧困のなかで現実を直視し、悩んで悩んで
悩みながらも貧困の中で文学への夢を追い続けた姿勢には私は今でも共感できる。

今回の、函館旅行を機に啄木について多くのことを知ることができた。
また、ショックもあった。
でも、20代から現在まで、50年間、啄木の大ファンであることに変わりない。