今から65年ほど前、私は東京の板橋駅前にある都立北園高校に入学しました。

新制高校の３回生です。創立当初はは東京府立九中で歴史ある学校でした。

近くに日本軍の兵器敞があり、第二次世界大戦の終戦間際にはコンクリート製の校舎に

焼夷弾などが落とされ、破壊され、荒れているところがあちこちにありました。

正門玄関の真上の屋上部にはとんがり屋根の大きな時計台がありましたが、

時計は戦争で破壊され丸い大きな穴が開いていました。

施設は充分とは言えませんでしたが、学校では先生方も生徒も自主性が尊重され、

明るさと自由な雰囲気が漂い独自の制度のもとで学校生活が行われていました。

思い出すのは、生徒が担任の先生を選ぶ担任選択制度と広範囲の教科選択制度でした。

担任選択制度と言うのは学年を中心にした横型の制度ではなく、担任の先生を中心に

した縦型の制度です。現在では考えられない独自の制度でした。

1年A組や2年1組というクラスはなく、例えば青木と言う先生が担任を持つクラスを

青木クラス(学級)と呼びます。クラスには1年生・2年生・3年生がいました。

朝のホームルームは、担任の先生が学年ごとに出席をとり、その日の連絡をします。

各学年の生徒は10人位なので混乱はありません。遠足などはクラスで行きました。

担任選択制度の大きな特徴は、生徒が担任の先生を選べることです。

入学時には、生徒の担任は学校で決められますが、２、３学年の担任は生徒が選ぶことが

できました。学年はじめに生徒は、担任になってもらいたい先生のところに行き

「先生、担任をお願いします」と頼みにいきます。各先生方にはクラスの生徒の定員が

定められておりオーバーすると受け入れてもらえません。

その場合、生徒は別の先生にお願いに行きます。ユニークで想い出に残る制度でした。

私は、入学したときにI先生のクラスになりました。I先生は心の広さを感じさせる

のんびりした立派な先生で卒業までの３年間お世話になりました。

先生は世界史を担当され、２～３年で選択の世界史の教室にこられると教卓の椅子に

座られて、十字軍やフランス革命なでについて淡々とノートを読み上げられ、生徒は、

先生の話を速記でもするように熱心にノートをとりました。授業の内容は殆どが

十字軍とフランス革命で中世西洋史が中心でかなり専門的な授業でした。

授業は前期、後期の２期制で１年生のときの英語、国語、数学を除いた殆どの教科が

選択科目でした。

英語は、学年別授業でリーダー、文法、作文の時間に分かれ一日に2時間の日が

何日もありました。夏休みは、課題の本を購入して休み明けにテストでした。

１年生ではラフカデォ・ハーン(小泉八雲)の「怪談(Strange Story)」で、

２年生では西洋版うらしま太郎と言われる「Rip Van Winkle」でした。

夏休みは苦しみましたが小泉八雲のことや「耳なし芳一の話」など今でも覚えています。

３年生では教科書を早めに終わらせて、チャールス・ラムの「シェークスピア物語」を

テキストに使いました。「ハムレット」・「リア王」・「マクベス」・「真夏の夜の夢」

など物語の概要について学ぶことができました。

英語の勉強には、かなり苦しめられましたが、後に、大学で生物学や有機化学実験など

英語版(原書)の教科書(テキスト)を使用したときには、たいへん役に立ちました。

希望すればドイツ語や中国語が選択できました。

国語の選択授業には、「万葉集」・「源氏物語」・「徒然草」・「枕草子」などの講座

があり、芸術科目には音楽、美術、書道・工芸がありました。

社会科の講座の中には、文庫本をテキストに使った社会思想史と言うような講座もあり、

担当のM先生から人類の文化的な３大遺産とも言うべき「聖書」とマルクスの「資本論」

と「シェークスピアの作品」を読みなさいと薦められたのを覚えています。

卒業後、これらの本を手にして、とても私の能力では手に負えないとあきらめました。

学校には、各教科で深い専門性を持った個性的な先生方がたくさんいました。

先生方は個性的でのびのびと授業をしており、大部分の生徒は大学進学希望でしたが、

受験対策はほとんど意識しないで受験勉強は自分でするものと考えていました。

高校生活は大学生活のようで昼休みなどの外出は自由で、よく近くの食堂に行きました。

午後の授業の先生が出張や休みの時などは、自由に帰ることもできました。

近くには、弁天座という安い映画館や電車で一駅の池袋には名画を専門に上映する人生座

があり「自転車泥棒」・「禁じられた遊び」・「戦争と平和」・「風と共に去りぬ」など

当時の名画を見ることができました。

家から学校までは、約１時間歩いた後、都電で30分、片道約１時間半位でした。

歩きながらの通学時間には「赤尾の豆単」で英語の単語を覚えたり、都電を待つ時間や

都電の中では文庫本を読みました。

終戦後の昭和27年頃はまだまだ貧しい時代で、アルバイトをするほどの仕事もなく、

中学生の高校進学率は50％位でした。制服はセルロイドのカラーをつけた詰襟の学生服

で身なりにはかまわず、学生たちは当たり前のようによく勉強をしました。

物はなく貧しい時代でしたが、生徒は自由でよく勉強し楽しい時代でした。

当時の高校にはプライドを持った芯のある個性的で魅力的な先生方がたくさんいました。

生徒は教科はもちろん先生方から学ぶたのしさと人間としての生き方を学びました。

　60年ほど前の高校時代を思い出すと生徒や教職員の自主性が尊重され、

仲間意識が強く先生と生徒が信頼感で結ばれ自由でのびのびとしていたところでした。

現在の学校と比べ信じられない世界でした、

当時の学校が懐かしく、「いい時代だったなあ～」と懐かしく思い出します。。